はじめは、陸も海もなく、ただ混沌が漂い、形をなしていなかった。渦巻く虚無から最初の神々が生まれた。彼らは霧のように儚く、名も形もなく、やがて再び闇へと消えていった。その血筋から、世界を形作る神々の双子――伊邪那岐(いざなぎ)と伊邪那美(いざなみ)が現れた。
島々の誕生
二柱の神は天の浮橋に立ち、玉の槍で原初の海をかき混ぜた。槍の先から滴が落ち、それが固まって最初の島・淤能碁呂島(おのごろじま)が生まれた。二柱は島に柱を立て、互いに反対方向から回り、出会って結ばれた。その結びつきから日本の島々とそこに住む神々が誕生した。
しかし創造は美しさと同時に苦痛も伴った。火の神を産んだとき、伊邪那美は炎に焼かれて命を落とし、黄泉の国へと下っていった。悲嘆に暮れた伊邪那岐は彼女を追ったが、そこで見たのは腐敗と朽ち果てた世界だった。彼は巨石で冥界を封じ、現世の川で禊をして戻ってきた。
光の誕生
禊の最中、伊邪那岐の体から三柱の神が生まれた。左目から天照大神(あまてらすおおみかみ)、右目から月読命(つくよみのみこと)、鼻から須佐之男命(すさのおのみこと)である。天照大神には高天原の支配を授けた。
しかし須佐之男命は荒れ狂い、泣き叫びながら混乱をもたらした。天を駆け巡り、野原を荒らし、宮殿を壊し、ついには姉の織殿に皮を剥いだ馬を投げ込んだ。悲しみと怒りに打ちひしがれた天照大神は天岩戸に隠れ、世界は闇に包まれた。
太陽の復活
八百万の神々が集まり、世界を救うために知恵を絞った。彼らは踊り、笑い、そして光を映す鏡を作り上げた。好奇心に駆られた天照大神は岩戸を少し開け、自らの輝きが鏡に映るのを見た。その光景に心を動かされ、彼女は再び姿を現した。こうして光は天地を照らし出した。鏡は天照大神の神霊そのものとして祀られ、真実と再生の象徴となった。
天孫降臨
平和が戻ると、天照大神は下界を見下ろした。そこはまだ荒れ果て、争う部族や精霊が支配していた。そこで彼女は孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を選び、秩序をもたらすために地上へ降ろした。彼に託されたのは三種の神器――鏡は魂、剣は勇気、玉は慈愛。これらは天と地の調和を象徴する宝となった。
ニニギは高千穂の峰に降り立ち、光と法をもたらした。その血筋から初代天皇が生まれ、神の権威と人の統治が結び合わされた。
伊勢:生ける神宮
伊勢の静かな森、檜の香り漂い五十鈴川がささやくこの地に、天照大神の鏡が祀られている。ここでは神話が場所となり、時が折り重なる。二十年ごとに神社は解体され再建される――式年遷宮である。これは古きを守るためではなく、新たに生まれ変わらせるための儀式だ。創造と破壊、再生の循環を響かせる信仰の営みである。
伊勢の道を歩くことは、生ける経典を歩むことに等しい。檜の香り、白砂利の輝き、木々を渡る風の音――それらは絶え間なく響く賛歌の一節である。神聖なるものは遺物ではなく、建築の中に、儀式の中に、そして人々の心の中に息づいている。
永遠の契約
『古事記』と『日本書紀』の物語は千年以上前に記されたが、それは単なる歴史ではない。日本の魂の構造を形づくり、人々が畏敬と物語を通じて宇宙を理解しようとした記録である。
語り継ぐことは信仰の行為であり、語り継ぐことで光は世代ごとに新たになる。物語は続いていく――古の巻物から、伊勢の檜の宮殿へ、そして未来の夜明けへと。



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